四年後の今を生きる。

《四年後の今を生きる》

今から四年後の2022年。

僕は富良野の草原に立ち、あの《さらさらと流れた一日》を満喫しています
(講義に出た方はご存知のあの物語です)
愛犬の先生も元気です
朝は湖でカヌーを愉しみました
午後はキャンピングカーを洗いました
夜はドラム缶風呂に浸かる仲間たちのお尻めがけてロケット花火も撃ってやりました

しかし今は2018年

その四年後はまだ先の話です
でも僕は今日もその四年後(2022年)の富良野の草原で《さらさらと流れた一日》を満喫しました。

不思議でしょ?

確かにまだ訪れていない四年後の一日です。
ですが、僕は毎日四年後のその地でその風を満喫しながら、今日、目の前に起こった様々な出来事の可否を選択をしています

昨日起きた人間関係のトラブルをどうするか、
今朝依頼された仕事を受けるべきか、
先日知り合った人とどんな付き合いをすべきか、
この先どんな行動を取るか、
全て四年後の富良野の地に立って選択しています

つまり、僕が過ごした今日は、
四年後の《さらさらと流れた一日》の中で得「たい」、感じ「たい」、喜びや感動のためにあるんです

そのために今を生きています

それが僕にとっての《今を生きる》という事だと考えています

夢や理想が夢や理想である限り、決して現実にはならない。これは過去の教訓でした。

夢を現実にし「たい」なら、
まだ訪れていない夢の現実に実際に立ち
そこから今起こっている現実を直視し
その選択が四年後に咲かせたい花か否かを選択しています

それが僕の《今を生きる》という事です

タイトルの《さらさらと流れた一日》は過去形です。つまり僕の中では既に現実になっています。
何か選択を強いられた時は、その《さらさらと流れた一日》を満喫している自分から今の僕に声をかけてもらいます

「その選択は四年前には必要ないよ」
「その選択は必要だね」と。

今を生きる。

それは未来に立って今を生きる、という事。
その生きた軌跡が未来を作る。
そう確信して僕は四年後の未来に生きています。

さぁ、そろそろ《さらさらと流れた一日》に登場してくれる仲間達を募る時期です。

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