母の子守唄

校庭の隅に群生した黄金色のススキの穂を、つま先立てて見上げるほど小さかった頃、いま思えば社会はとても静寂に満ちていて、風の音までもが心地よく奏でられていた。

いま僕は都会の片隅のカフェで、お世辞でも美味しいとは言えない珈琲を口に運びながら、騒音に近い音楽と他人の四方山話に戸惑っている。

あの頃、まだ幼い僕を包んでいた生活音は一体何処に消えてしまったのだろう。

朝は裏山から聴こえてくる山鳩の鳴き声で目を覚まし、昼は校庭の隅に流れる小河のせせらぎに耳を傾け、やがて空が紅く染まる頃、豆腐屋のラッパが小さな町に響き渡る。

夜は満天の星の下を家路へと急ぐ大人達の靴音が響き渡り、添い寝してくれる母の微かな寝息がボクを深い眠りへと誘ってくれた。

そんな生活音が、深い記憶の底で、それも乾く事も錆びる事もなく手付かずのまま残っていると言うのに、今その音をこの街から、この暮らしから聞きとる事が出来ないでいる。

昭和という時代や、故郷や仲間や、家族や、そう言った中でとりとめもなく流れていた暮らしの生活音が、今では憧憬の一つとなってしまった

僕ら大人は、
今こそ思い出すべきだろう

蝉の鳴き声に紛れて聞こえて来た風鈴の音を、
食卓に母がご飯茶碗を並べていた音を、
赤く染まった校庭に響いていた下校チャイムを、
お風呂場から聞こえてきた父の鼻歌を、

そして
母の子守唄を
今こそ思い出すべきだろう

関連記事

  1. 僕らの誇り

  2. たかが蟻だよ

  3. ソーダ水の向こうに広がる蜃気楼「夏」

  4. 写真先輩論

  5. 飾る写真

  6. そろそろ僕のお終い(おしまい)の時だ

  7. 優しい風景のタネ

  8. ここに来なければ与えてもらえない奇跡

最近の記事

  1. 2018.08.24

    旅の最終章
  2. 2018.08.24

    写真先輩論
  3. 2018.08.22

    僕らの誇り
PAGE TOP